なぜものは自然に混ざるのか ~エントロピー増大則って何だろう~
墨汁とただの水を混ぜた場合「自然に」混ざり合うのに、混ざった水はもとの墨汁と水に「自然には」分かれないことを疑問に思ったことはありませんか?言われてみれば結構不思議なことだと思います。
こういった一方通行な変化のことを、不可逆的な変化といいます。不可逆的な変化は、墨汁と水の例だけではなく、実は僕たちの身の回りにもたくさんあります。墨汁と水だけでなく、塩水なんかもそうです。いずれも、時間が経てば自然に混ざり合いますが、もとに戻ることはありません。
いったいなぜ「自然に」起こる現象と、「自然には」起こらない現象があるのでしょうか。今回はその疑問に、極力数式などは用いずにお答えしていきたいと思います。
前提知識
まず前提として、墨汁や水は莫大な数の粒からできています。あまりにも莫大すぎて、科学者はという単位を用いて、個を一つのまとまりとして数えています。という単位は、個を一組とするダースのようなものに相当します。個ではなく、もっと莫大であるということです。なお、本記事では、「がたくさんつく」程度に思っておけば結構です。これらのことは主に化学などで習います。
次に、それらの粒は周囲の熱によって激しく動き回っており、一つひとつの動きは完全にランダムです。こういった考え方は、熱力学の世界の基本的な考え方です。
以上のつの原則を前提知識として記事を進めていきます。
以下、例として墨汁と水を対で混ぜたときを考えます。
核心は確率にあり
墨汁と水が混ざると、動き回れる範囲が増えることになります。なお、「混ざる相手とは干渉しない」と考えます。そうなると、必然的に全体にばらけることが予想されます。
例えば、たくさん(人とか人とかそれ以上)の人に対し、『AかBのどちらかを選べ』と言った場合、どちらか一方を特別視するようなことがなければ、大体半々に分かれることになると思います。逆に、どちらか一方に偏るということは、例えばコイントスで表を出し続けるようなことと同じであるため、現実的とは言えません。一方、「半半程度」であれば偏りが生じても、「たくさん」という数からみればたいしたことはなくなります。
実際に計算してみよう
以下で実際に計算してみます。計算が嫌な人、定性的な理解をしたい人はこの計算部分は読まなくても結構です。
まず、全体の人数を人、Aを選んだ人を人とします。このようにおくと、当然Bを選んだ人の人数は人となります。
そして、人のうち、特定の人がAを選ぶ確率は、残りの人がBを選ぶ確率はなので、全体の人からAを選ぶ人を選ぶ組み合わせの数を考えると、確率は、
となります。この式は「確率の合計は必ずになる」という条件(規格化条件)を満たしているため問題はありません。
直観的には、半々になる確率が一番高そうなわけですが、実際にはどうなるでしょうか?この式に対して、試しにとして計算してみると、以下の図1のようなグラフとなります。
上記の図1をみると、たしかに半々に当たる人のところの確率が最も高く、全体的にみても人周辺の確率が高いことがわかります。大体、人から人の範囲でしょうか。よって、たしかに直観は概ね正しそうです。そして、当然人数が多くなればなるほど、この「山」は鋭くなると考えられます。
墨汁ではどうなるの?
このようなことが、粒でも起こります。すなわち、Aを今までいたところ、Bを別のところとすると、今までいた範囲だけではなく、別の範囲の選択肢が出てきたわけです。よって、ランダムに動き回ることを考えると、そちらの範囲に移る粒が半数程度いてもおかしくはありません。これが仮に両手で数えられる程度の粒で行われたとしたら、大きな偏りが生じる可能性はありますが、アボガドロ数程度の莫大な数(という莫大な数)であれば、ほぼ半々になるだろうということは直観的にわかると思います。
こういった「あることを繰り返し行ったとき、その回数をどんどん増やしていけば、観測される平均値が真の期待値に限りなく近づく」ことを、「大数の法則」といいます。実際、グラフの通り程度でもに近づいていたことがわかると思います。
結局何が起きてるの?
以上のように、もとの領域にとどまるよりも、違う領域にもばらける方が、ずっと実現する確率が高くなります。そして、この予想通り、実際に現実世界でも確率が高い方が起こります。世の中、「起こりやすいことが起こり、起こりにくいことは起こらない」ということです。起こりにくいことが起こったとき、人はそれを奇跡といいます。結局のところ、自然界には「確率的に起こりやすいことが起こる」という非常にシンプルな原則があるということです。
こういった、何もしなくても自然にばらけるようになることを、「エントロピーが増大する」といい、この法則をエントロピー増大則といいます。
逆に言えば、基本的に何もせずに自然にエントロピーが減少することはありえません。今回の例でいえば、墨汁と水が混ざった水が、もとの墨汁と水に自然に分離するようなことはありません。余談ですが、こういったエントロピーの増大は僕たちの身近な現象だけでなく、宇宙全体でも起きていると考えられています。超ざっくりと説明すると、「自然にしていたらばらけるようになるわけだから、いつかはばらつきにも限界がくるのではないか」ということです。この終わりが来ることを、「宇宙の熱的な死」といいます。なお、宇宙は非常に特殊なものであるため、エントロピー増大則をそのまま適用してよいかどうかはまだわかっていません。したがって、これはあくまでも仮説です。
最後に
以上より、「一か所にかたまっているよりも、バラバラでいる方が確率が高いから、ものは自然と混ざる」というメカニズムが理解できたのではないでしょうか。このように、身の回りの現象を確率やエントロピー増大則で捉えると、説明することが難しかった自然界で見られる一方通行的な変化の理由を説明することができます。
エントロピー増大則は、物理学のみならず化学や生物学、果ては情報科学に至るまで、さまざまな学問分野と深く関わっています。今回の記事をきっかけとして、様々な分野に興味を持っていただけたら嬉しいです。
なお、今回出てきた「エントロピー増大則」などに興味を持たれた方は、物理学に属する熱力学や統計力学を勉強されてみることをおすすめします。これらはかなり数学ができないと理解ができない学問ですが、様々な分野の基礎となっている科目であるため、勉強する価値は十分にあります。また、物理系の学科に進学した際は、基本的に必ずやることになると思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。本家のハイストのカードゲーム (https://highsto.net) やほかの記事の方もよろしくお願いします。